宿題

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 8月31日の話題の定番。宿題。小学校時代の今日、必死で宿題をやった気がする。が、結局70%ぐらいで妥協していた。日記は、新聞のバックナンバーで、天気気温だけで誤魔化したりした。

 この話題を、私の周りの親しい人たちに聴いてみると、たいがいの人が、小学生時代、この日に自分はもちろん、周りのひとを巻き込んで、宿題をやっていたという人が多い。
 学校側としては、「絵日記」などを利用して、毎日に必ず、机にむかわそう、とする、魂胆がうかがえる。こどもたちは、単純かつ遊びにどん欲である。大人になってからの「怠惰」とは違うが。夏休み当初の「やっておかなければ、後がタイヘン」としぶしぶやっていたのは、ほんの数日、そのあとは、見事に忘れる。そして1ヶ月。8月25日をすぎたころになると「あーたいへんだぁ」と思う。自分が基準とは思わないが、これが、自然じゃないかなぁ。
 今の有名学校進学態勢の小学生では解らないけど、35年前の小学校では、みんな、毎日決まった時間机に向かっていたとは思えない。それでも、9月1日には、みな、宿題をこなして、提出していた。
 私の小学生時代、日頃の「宿題」もよく忘れた。よく立たされた。「忘れた」と書いたが、実は、「やる気がなかったのでやらなかった」と書くのが正当。今思えば、教師の立場としては、じつにやっかいな生徒だったと思う。しかし、教師に、はむかう気持ちは全くなく、穏便に済ませたいから「忘れました」と言っていた。
 で、私は宿題もやらないで、トップでした、と書けば、なるほど、「神童」だったのねと、納得するかもしれないが、成績はたいがいの場合ブービー賞。通知票でも、良いことをかかれたことが、一度も無かった。クラスの中では、ほとんど目立たない存在だったが、教師からみれば、嫌な意味で目立っていたことであろう。
 幼年期、青年期に学校で普通の人が教わる、一般的な教養の一部が、私の頭から、スコーンと抜けているので、これをお読みになっている方はご注意頂きたい(笑)。自分の興味のあることは、深くつっこむが、そうでないものは、常識的なことも欠如している。
 一般論ではあるが、何が教育なのか、もう、ニッポンのエライひともこどもの親も考え直す時期を、とっくに過ぎている。人間が人間として、人間の中で楽しく生きていくための常識は、いまの教育の中で教えていることは、あまりにも少ない。

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1962年東京生まれ
1994年結成以来、Bear_Club_of_Japan 代表・会長

◎日本のGLB&Tコミュニティの中でひっそりと生息している◎日本各地、世界各国を熊を求めて行脚しているらしい◎最近は沖縄とサンフランシスコに頻繁に出没◎パートナーあり◎体重6キロのシャム猫と同居◎

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このページは、Lonestarが2004年8月31日 12:16に書いたブログ記事です。

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