カメラ

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 最近、型遅れのデジカメを安価で買った。ミノルタのDiMAGE Z1だ。いままで、中途半端なデジカメを使っていたせいか、このカメラ撮影していると、撮っている事自体が楽しくなってくる。

 子どもの頃から、カメラが好きで、おもちゃカメラのカメラ、ボルタフィルムを使う、今のレンズ付きカメラよりももっと原始的なカメラだった。 それでも、楽しかった。カラーを使える余裕が無くて、いつも白黒。現像ができあがるまで2,3日かかったがそれが待ち遠しかった。小学生高学年になると、「リコーオートハーフ」という本物のカメラを与えられた。嬉しかった。35ミリフィルムを使うのだが、画面を半分にして、倍使うという、今では考えられない発想だ。この頃はオリンパスが「ペンEE」というヒットを出していたので、リコーはこれを追った形だった。
 中学生ともなると、もっと本格的なものが欲しくなり、中古だが、ミノルタSR-T101という一眼レフを手に入れた。交換レンズはしばらく無く、50ミリF2の標準レンズで通した。このカメラ調べたら1966年発売だそうだ。 TTL測光のシンプルなカメラだった。
 交換レンズも、やっと、28ミリと、200ミリを手に入れた。高校時代は、一時、写真部に入部して、モノクロームフィルムの現像や引き延ばしも自宅でしていた。
 大学に入り、カメラのボディはミノルタX7に変わったが、レンズは、MCレンズをそのまま使っていた。卒業、就職の後、写真を写すということが億劫となり、ほとんど、そのままであったが、X7が故障したのがきっかけで、中古のX700を購入した。
 その数年のちに、カシオがQV10というデジカメを発売したのと同時に、デジカメに乗り換え、中途半端なカメラを使い続けて、先月ミノルタ・ディマージュZ1に落ち着いている。 
 カメラメーカーというのは、やはり、個人との「相性」みたいなものがあって、私はミノルタに帰ってきたという感慨がある。 
 このZ1は「ミノルタ」ブランドの最後のデジカメである、これ以降、コニカと合併したため、コニカ・ミノルタブランドとなり、ロゴも併記してあり、ごちゃごちゃした感じを拭えない。
 30年前のレンズ、20年前の一眼レフボディは現役である、しかし、今使っているデジカメは何年使えるであろうか。昔のカメラは「道具」の風格があった、いまのデジカメにそれはない。耐久性も、今のカメラの方が遙かに悪いと思う。大概の人は壊れる前に飽きてしまうし、新しいカメラに引きつけられるのであろう。価格も、30年前に一眼レフをそろえると、10万円くらいした。ニコンのFなど買おうとしたら、30万円くらいした。感覚的に、今のカメラの価格の十倍くらいであろうか。
 「ミノルタ」は「実る田」から由来していて、レンズの名称「ROKKOR(ロッコール)」も兵庫県の「六甲」からきているのをご存じであろうか。

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1962年東京生まれ
1994年結成以来、Bear_Club_of_Japan 代表・会長

◎日本のGLB&Tコミュニティの中でひっそりと生息している◎日本各地、世界各国を熊を求めて行脚しているらしい◎最近は沖縄とサンフランシスコに頻繁に出没◎パートナーあり◎体重6キロのシャム猫と同居◎

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このページは、Lonestarが2004年12月17日 20:28に書いたブログ記事です。

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