「性的少数者」ってどう思う?
「性的少数者」という言葉は、たぶん「Sexual minority」の直訳と思われるが、あまり日本に馴染んでいる言葉とは言い難い。 確かにこの言葉は、ゲイ&レズビアン、トランスジェンダー、両性愛、性同一障害などの方々を、一つにまとめた言葉と理解する。
「性的少数者、人権」で検索をすると、公的サイトは、とても少ない。そのなかで、トップに出てくるのは宮崎県、都城市だ。どこからか聴いたが、この市には大変アクティブなゲイの方がおられて、強く市政に働きかけたとのことである。「性的少数者についての基礎知識」が、行政の公式ホームページにあるのは、ここだけではあろうか。
人権、性的少数者と、言われたり、書かれたりしても、「普通のゲイ」の方々は自分と無縁あるいは、別世界と思っているのが普通だろう。カミングアウトしなくても、「ノンケ」として、日々の日常を送り、週末、ハッテン場やゲイバーで「ゲイ」に戻れば、なんの不自由もない。大都市では、結婚しないストレート達も増加しているので、親や親戚縁者の結婚の要求に対しても、時流で乗り切れる。
このあたりになると微妙ではあるが、大都市圏以外では、まだ「家制度」が堅持されているので、ゲイにとって(異性との)結婚は一大事となる。長男では特にそうだ。しかしながら、彼らは、自分の真のセクシャリティを乗り越えて、というか、それに目をつぶって、結婚してしまう。そして子どもまで作ってしまう。そこまでに至るには、かなり自分への妥協と挑戦が必要だと思うが、「個」(自分)よりも「社会」(家)の方が重要なことは、嫌ながらも、当人は自覚しているので、諦めるのも早いのかもしれない。 本当のゲイというセクシャリティと社会的、公的に自分自身が置かれている、「ノンケ」というステータスを、器用に別けて生活されている方がとても、多いと感じる。特に中高年は。
ゲイバーに飲み出し始めるのが20前後、30過ぎまでゲイとして活発に活動して、よく、飲み屋やハッテン場へ行き、何人かのゲイと付き合う。そして、30代中盤、仕事が中間管理職になる。親戚や職場のすすめで、結婚。ゲイの世界から、一時的に消える。10年過ぎて40代半ば、嫌々ながらも結婚生活が上手くいき、子どもにも手を焼かなくなり、妻は、子どもに夢中で、亭主に興味が無くなり始める。そして、また、恐る恐るゲイの世界に復活し、50台を迎え、二足のわらじを上手に履くようになり、60を過ぎても、まだまだ行けるゲイバーはたくさんある。で70,80と・・・。 私の私感だが、このような例は、たくさんいらっしゃると思うのだが。
私は、ゲイとして生きていく道を選んでいる。特に、結婚の勧めもなかったし、ゲイの世界にどっぷり浸かったのが20代後半だったから、気が付いたら、今の年齢というのが正直なところだが。
話を元に戻すと、「性的少数者の人権」と言っても、実際に困ってるのは「性的少数者」の中の「少数者」である現実がある。もちろん、性同一障害で困っている方は、今度の法改正で、どんなに安堵したか理解は出来るし、一歩前進だと思う。同性婚については、法が変わって実現したら、ゲイのカップルは戸惑うのではないか。いまの、「曖昧」でしかない関係から、法律で縛られる関係となったら、はたして、どれだけのカップルが同性婚をするか、ごく少数であろうと想像する。
性的少数者への人権は当然ながら、尊重されなければならない。同性婚も認めるべきである、婚姻するしないは、当人達の自由である。結婚する自由を奪うのは、やはり問題だと思う。
くどくどと書いてはきたが、日本のゲイ達は、いままでのぬるま湯で良いと思っている。あえて、物事を荒立てたくない、いままでで、充分シアワセ、と思っている。
私はあえて言いたい、法改正で「同性婚」を認めるなら、「同性同士の内縁」も認めよと。
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コメント(1)
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Yesturday
同性婚法への1つの障壁が、ニーズのなさだと思うんですよ。GIDについては、切実なニーズがあった。同性婚を法制化してもニーズないでしょ?っていうのは、理念とは別に実際的には障壁になりうると思う。もし本当にニーズが少ないのであれば、それを超える理念がきちんと提出できるのかどうかを考えなくてはいけないですね。